保険営業にとって、昼休み前は電話の嵐。ここぞとばかりに至急案件が飛び込んでくる。ぼーっとしようものなら、溜まっていく至急案件が処理しきれず、お昼ごはんを食べ損ねることになる。唯一の休息時間を奪われてはいけない。その日も必死に仕事をさばいていた。 電話対応をしていると、シニア配属のおじいさんに「急いできて!」と呼び出された。 普段は椅子にすわってフロアから外の景色をぼーっと眺めているおじいさん。 あまりの勢いに「これはただ事ではない!」、と対応中の電話をきり、走り出すおじいさんを追いかけた。 おじいさんが慣れた様子で古びたビルのカーブを曲がる。 ついた先には大きな窓。「見なさい!」と促されるままにのぞいた先には馬がいた。 この日は皇居で大事な式典があり、儀装馬車と言われるものが移動手段として使われるのだった。 どうだ!とばかりに満面の笑みを浮かべるおじいさん。立ち尽くす私。 仕事から切り離されたその空間に思わず笑ってしまった。 溜まっていく仕事よりも大切なのは自分自身。できないならできないでいいや。こんな日常を見落としたくないな、そう思い直せた瞬間だった。